ただあるという事  ♯35 2007.11.1

 11月になりました。カレンダーの残りもあと2枚。新入荷商品の紹介の冒頭で昌代ちゃんも書いていたけど、本当に時の経つのは早い!一年を振り返るにはまだ少し早いけど、だいたい自分にとっての今年一年の位置づけみたいなものが、みなさんもぼんやりと見えてきているのではないでしょうか。
 私は、今年はカウンセリングについて学ぶ機会を三つの場でもちました。一つ目は春から半年間受講したカウンセラー養成講座、二つ目は夏に受けた六日間のオーラソーマのカウンセリングスキルコース。そして三つ目は先日行ってきたイギリス、デヴォーラでのオーラソーマ・ブリッジコース。その影響で、最近の私のオーラソーマのコンサルテーションの仕方は変わってきたと思います。
 これまでは、いかにボトルからのメッセージを正確に読み取って、クライアントにたくさんの情報を与えるか、役に立つアドバイスをしていくかということを重視していました。せっかくコンサルテーションを受けてくださるのだから、何らかの結果、答えを持って帰っていただきたいという気持ちが強かったと思います。お金を頂くのだから、より多くを提供したい、と思っていました。
 しかし今は、ありのままのクライアントを受け容れて、ただ共に座り、いかにクライアントの中にある考えや感情をクライアント自身が自覚できるようにサポートし、ご本人が持っている答えや解決方法をひきだすお手伝いをしていくか、という姿勢になりました。おしゃべりが得意とは言えない私にとっては、この在り方の方がリラックスした空気になりますし、クライアントさんも腑に落ちるようなのです。何よりもご本人が納得できるというのが一番です。ボトルリーディングももちろんしますが、カウンセリングマインドをもっと大切にするようになりました。あくまでも主役はクライアントで、セラピストは伴走者なのですよね。そして、沈黙の中に起こっている事があると気づき沈黙を怖れない事、時間がかかってもクライアントとそのプロセスを信頼する事、をしていきたいです。
 イギリス、デヴォーラでのコース中、とても深く心に響いたエクササイズが一つありました。参加者同士ペアになって、一人が地球にやってきた火星人、一人がそれをもてなす地球人という役割りで、地球人は火星人を手厚く大切に扱い、同時に地球の素晴らしさを体験させて伝える、というものです。しかも火星人は目も見えず言葉も理解できないという設定です。
 最初に私は目隠しをして火星人になりました。目が見えないというのは予想以上に怖く、不安になります。ペアになった相手の方は、やさしく私の手を取り、人や物にぶつからないように気を配りながらゆっくりと、最初の体験の対象物の前まで連れて行ってくれます。そこで私の両手を取って触らせてくれたのは、大きなクリスタルの結晶でした。次に楽器を持たせ、音を出させてくれました。次に靴を履かせてくれ、外の庭に連れ出してくれます。大きな木の前まで連れて行き、木の幹を触らせてくれ、葉っぱを持たせてくれました。しゃがんで芝生に手を触れさせてくれ、花のそばに連れて行って香りをかがせてくれました。目隠しした私の目からは、とめどなく涙が流れ、こみ上げてくる感情を抑える事が出来ませんでした。相手の方も泣いていました。二人でしばらく抱き合って泣いていました。相手と繋がった感じがしました。やさしくたくさんの体験をさせてくれたのも勿論うれしかったのですが、何よりも嬉しく心強く感じたのは、ただその人が、自分と共にいてくれたということでした。
 反対に地球人になって、火星人役の方をケアしたときも、ただその人のためにある、ということに静かな歓びを感じたのです。今まで良くわからなかった、奉仕する事の歓びってこういうことなのか、と心から思えました。
 終わった後、先生が『なぜこのエクササイズがブリッジコースにあるのか、わかりますか。』と聞きました。みなそれぞれにこの体験に感動したようで、多くのシェアリングがありました。
 判断したりコントロールしたりせず、ただともにある事。その意味と効果を、実際に自分が受け取る側としても与える側としても体験できたこと、これはコースでの忘れられない収穫です。

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