新しいはじまり  ♯77 2009.8.3

 先月25日の「時間をはずした日」はいかがでしたか?私はうちのお店での7月20日の「13の月のワークショップ」のイメージ通り、夫とゆっくりと車中を楽しみながら、時間を忘れるようにして葉山に旅しました。泊まる宿だけは事前に予約しましたが、時計をはずし、携帯の電源をOFFにして、一日のプランも食事の事も何も決めずに過ごしました。心が軽やかで自由を感じます。何よりも身も心も「今、この瞬間」にいる事ができました。日頃私たちは、善かれと思って予定を決めては逆に予定に縛られ、目標を決めては目標に縛られる・・・自分を苦しく不自由にさせるパラドックスに陥りがちなんだとつくづく感じました。あれもこれも欲しい、体験したい、と欲張ると、どうしたって計画しなければこなせませんものね。
 翌日のマヤ暦新年は、「3knot」というアウトドアショップのオーナーの案内で、前田川沿いを2〜3時間のショートトレッキング。途中、ご飯を炊いていただき、その日の朝に採れた釜揚げしらすに薬味と醤油、ごま油少々をかけてランチ。美味しい空気に、風とせせらぎの音、川と木々に抱かれるような場の心地良さの中で、何よりの御馳走でした。
 閑話休題。先日、母とのちょっとしたやり取りで諍いが生じました。母はよく働き、きれい好きで、辛い状況でも物事をやりこなす美点を持っています。が、少々わがままで、感情的に起伏が激しく権威的です。お話しした事があるかもしれませんが、母は過干渉で支配的に私を育てました。そんな風に育った私は、当然権威に弱く、人の顔色を見がちで、自信が持てず、何の疑問もなく依存関係にはまっていました。それで体を壊し、何とか楽になりたいと始めた自己探求が今の仕事につながった次第です。
 母とは随分ぶつかり合いながらやってきましたが、どうしてもお互い相容れない部分があり、ようやく近年になって、私の方から「距離をとったほうがうまくいくから距離を取りたい」と申し出、受け入れてもらいました。(そこまでのプロセスは、本当に紆余曲折があって長い時間がかかりました・・・<ため息>)それでも、まだふと気を抜くと、嫌なのに母の言う事を聞こうと葛藤してしまう自分、いい子をやってしまいそうになる自分がいるのです。言う事を聞かないと、母に嫌われてしまうという、刷り込まれた怖れが顔を出すのです。でも、負けじと勇気を振り絞って、頼まれ事にNOと言った私に、母は案の定、感情をぶつけてコントロールしようとしてきました。(こう書くと母は策士のようですが、無意識なのですよ。自分が子供をコントロールしようとしているとか、依存しているなんて、全く自覚していません!だからこそタチが悪いのですが。)結局、決裂。相互理解など、とうに諦めている私は、ちょうど来客のインターホンの音を機にその場を去りました。しかし用件が片付いたあと、母はしつこく再び私のもとに話をつけに(笑)やってきました。
 結局、他の人の依頼なら何気なく聞ける事も母からだと、まず不愉快さを感じてしまう自分がいることを正直に話し(これも相手の気持ちを思うとかなり辛いのですが)、母から無条件の愛を感じた事が無い事も話しました。私に何か期待しないで欲しいとも。母も母で「今すぐには、ありのままのあなたを受け入れる事はできない、時間が欲しい」と。こんな風にその場に居合わせた夫のサポートもあって、お互いの正直な気持ちを言い合うことができました。とりあえず、二世帯住宅とはいえ、お互いを尊重する距離をとって暮らし、嫌な事、できないことは、はっきり言おうということまで話し合えました。あとは時間をかけて無理しないでやっていこうと。また気がつかないうちに、同じ繰り返しもあるでしょう。でもまたその都度、こうして話していくしかないです。大変だけどね。そして翌日、何より私の心に「人は自分以外の誰かから管理される事は絶対に嫌なのだ」という当たり前の事が、再び実感を持って落とし込めたのです。
 ちょっと心身ともに消耗しましたが、今は良い新年の始まりだったと思って、母にも夫にも感謝しています。

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